社史『ばね物語』27 苦難(3)作田為宣社長の死
吉村 篤
ばね物語 フセハツ工業50年の歩み
フセハツ工業の社史『ばね物語』は、三代目社長吉村健一が社業50周年を記念して発刊しました。
社史『ばね物語』発刊にあたり、協賛いただいたフセハツ工業OB会の方々。
株式会社東洋発条製作所 代表取締役 浦野春夫
コシオカ産業株式会社 代表取締役 越岡元弘
コシオカ産業株式会社 取締役 越岡伸子
株式会社隆光スプリング製作所 代表取締役 永田隆光
株式会社永田発条 代表取締役 永田昭夫
永田スプリング製作所 社長 永田一義
株式会社タイガーバネ製作所 代表取締役 竹山保
タツマ工業株式会社 代表取締役 吉川晋吾
協和バネ製作所 社長 中田鉄弘
フセハツ工業株式会社 代表取締役 吉村健一
『フセハツ工業』の企業理念
弾む原理を進化させ、
小さくても大きな使命と責任感をもって
社会に貢献すべし
苦難(3)その1 作田為宣社長を襲う病魔
幹部と従業員で支え合う
社長に就任して三年が経とうとしたころ、為宣が頭痛を訴えたので警察病院で検査したら脳腫瘍であることがわかった。
放置すれば生命に危険を及ぼすという病院側の判断で、昭和63年(1988)9月に警察病院で脳腫瘍の手術を受けた。
午前9時から手術が始まった。
待てども待てども、手術中のランプは消えない。
OBたちが入れかわり立ちかわり病院に駆け付けた。
翌日の午前5時半までかかり延々20時間半をかけた大手術である。
集中治療室に戻ってきたのは、さらに一時間後の午前6時半だった。
為宣社長が脳腫瘍の手術を受けたころは、自動車用バネのリターンバネ、ワイヤーリングバネの注文が殺到していて忙しい時期だった。
従業員たちは毎晩11時まで残って残業である。
夜の11時であろうと12時であろうと納品のためにトラックを走らせた。
全体の仕事量の中で、自動車関連部品の仕事は70%を超えていた。
奈良県添上郡月ヶ瀬村の子会社『ツキセ工業』でも同様、フル回転の創業が続いていた。
手術から4ヶ月間の入院生活を送り、その後、通院する生活が始まった。
退院してすぐの平成元年(1989)1月8日から毎日休まずに出社したが、午前中は通院するスケジュールの中で、為宣社長の職務を相変わらず過酷なものだった。
通院の時間を削るために、自宅で傷の消毒をしたのだが、傷の治癒が思いのほか時間がかかり、やはり病院できっちりと手当を受けたほうがいいということになって、以前のように午前中に通院することにした。
退院後半年ほど経って、やっと傷口が塞がった。
しかし、手術後は視野が狭くなり、車に乗ることをやめた。
大病後も仕事量は増加し続けていた。
従業員は夜の10時ごろまで残業、日曜日も祝日も出勤して頑張っていたが、社長が毎日のように通院している関係で、仕事が停滞気味となり、社員と仕事上のトラブルが頻繁に起こりだし、中堅社員が相次いで退社していき、為宣の周囲に人材がいなくなっていった。
人材不足の中で仕事を消化していかなければならない苦しい毎日であった。
為宣社長は体の不調から必要最小限の外出に止めたが、年1回の泊まりがけの家族旅行には必ず参加した。
主に温泉地を選んでの旅行で、一晩を母・タカヰや妻・幸子とのくつろいだ時間として大切にしたのだ。
大病後は酒はピタリとやめ、家族連れの食事会にはよく行った。
そして、今日一日を無事で過ごせたことを感謝していた。
仕事中の為宣は「しんどい」といった弱音を絶対に吐かなかった。
ただ、人から体調を聞かれると「まあ、あれだけの手術をしているので」と他人事のように答えていた。
為宣社長の体調がすぐれない時期に、当社を支えたのは工場では玉井守工場長と山本晶、横田敏昭、名田浩一で、営業部門では北野勇が頑張った。
苦難(3)その2 作田為宣社長の死
短かった在職期間、長い闘病生活
作田為宣社長と幸子が外出した豊中の千里で、為宣は倒れた。
平成5年(1993)6月9日、高血圧と過労が重なっての父・忠雄と同じ心筋梗塞による48歳の死だった。
当時は皮肉なことに、皇太子御成婚の晴れやかな日であった。
押し寄せる仕事を何とか切り抜けようと、自動機は毎晩12時ごろまで音を止めることはなく、社員たちは働き続けた。
納品の時間がどうしても間に合わないときは、親会社から人が派遣されてきて、深夜まで作業を手伝ってくれた。
9年間の在職期間の半分は闘病生活だった。
告別式は父・忠雄と同じ永照寺で執り行われた。
>社史『ばね物語』26 苦難(2) 二代目作田為宣社長の誕生
>お問い合わせはこちら
監修者

フセハツ工業株式会社
代表取締役社長 吉村篤
2000年、ばねの総合メーカー「フセハツ工業株式会社」に入社。2013年、四代目代表取締役社長に就任。
- 一般社団法人 日本ばね工業会 会員
- 日本ばね学会 会員
- 公益社団法人 大阪府工業協会 評議員
- 東大阪市工業協会 理事
- 東大阪商工会議所 議員
- 特定非営利法人 新共創産業技術支援機構(ITAC)理事
- 一般社団法人 大阪溶接協会 会員
- 一般社団法人 布施交通安全自動車協会 理事