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社史「ばね物語」
2026/06/26

社史『ばね物語』22 飛翔(4)堺営業所の開設

吉村 篤
ばねとくらす


ばね物語 フセハツ工業50年の歩み

フセハツ工業の社史『ばね物語』は、三代目社長吉村健一が社業50周年を記念して発刊しました。


社史『ばね物語』発刊にあたり、協賛いただいたフセハツ工業OB会の方々。

株式会社東洋発条製作所     代表取締役 浦野春夫
コシオカ産業株式会社      代表取締役 越岡元弘
コシオカ産業株式会社        取締役 越岡伸子
株式会社隆光スプリング製作所  代表取締役 永田隆光
株式会社永田発条        代表取締役 永田昭夫
永田スプリング製作所         社長 永田一義
株式会社タイガーバネ製作所   代表取締役 竹山保
タツマ工業株式会社       代表取締役 吉川晋吾
協和バネ製作所            社長 中田鉄弘
フセハツ工業株式会社      代表取締役 吉村健一


『フセハツ工業』の企業理念
 弾む原理を進化させ、
 小さくても大きな使命と責任感をもって
 社会に貢献すべし


飛翔(4)その1 堺営業所の開設

大阪と同様の独立採算性で

松村和彦(現三基発条社長)から、堺の得意先が広範囲に広がったので管理できにくいという提言があって、大阪の南方面を管轄する目的で昭和45年(1970)12月、堺市四条通り7-24に堺営業所を開設した。

堺営業所も大阪営業所と同様に独立採算性をとった。

初期には松村、楠本憲一と経理の西浦さちの三人が常駐して切り回した。

松村が独立して楠本が亡くなったあとは、西田豊行(とよつら)が本社から堺営業所へ配置換えになった。

西田は作田社長の妹の子供で、為宣とは従兄弟の間柄である。



ばね物語22


飛翔(4)その2 クラッチ生産増大

ひた走った好況下の日本

昭和39年(1964)、東海道新幹線が開通し、東京オリンピックの開催にはじまり、昭和41年(1966)には日本の総人口が1億人を突破、昭和44(1969)東名高速道路が全線開通、日本のGNPが自由世界第2位、翌45年(1970)は大阪での日本万国博覧会が開催され、ひた走る日本の好況によって、自動車産業もフル操業の状態だった。

増産の波紋は当社にもおよび、クラッチ部品のリターンバネからワイヤーリングへと変わり、ワイヤーリングの受注量が急増した。

本社工場と『月瀬金属』でのフル操業はもちろん、外注にも頼らなければ納期に間に合わない状態だった。



ばね物語22


ばね物語22




>社史『ばね物語』21 飛翔(3) フセハツ卒業生

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監修者

吉村篤写真.jpg

フセハツ工業株式会社

代表取締役社長 吉村篤

2000年、ばねの総合メーカー「フセハツ工業株式会社」に入社。2013年、四代目代表取締役社長に就任。

  • 一般社団法人 日本ばね工業会 会員
  • 日本ばね学会 会員
  • 公益社団法人 大阪府工業協会 評議員
  • 東大阪市工業協会 理事
  • 東大阪商工会議所 議員
  • 特定非営利法人 新共創産業技術支援機構(ITAC)理事
  • 一般社団法人 大阪溶接協会 会員
  • 一般社団法人 布施交通安全自動車協会 理事

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