社史『ばね物語』18 躍進(10)月瀬金属の設立
吉村 篤
ばね物語 フセハツ工業50年の歩み
フセハツ工業の社史『ばね物語』は、三代目社長吉村健一が社業50周年を記念して発刊しました。
社史『ばね物語』発刊にあたり、協賛いただいたフセハツ工業OB会の方々。
株式会社東洋発条製作所 代表取締役 浦野春夫
コシオカ産業株式会社 代表取締役 越岡元弘
コシオカ産業株式会社 取締役 越岡伸子
株式会社隆光スプリング製作所 代表取締役 永田隆光
株式会社永田発条 代表取締役 永田昭夫
永田スプリング製作所 社長 永田一義
株式会社タイガーバネ製作所 代表取締役 竹山保
タツマ工業株式会社 代表取締役 吉川晋吾
協和バネ製作所 社長 中田鉄弘
フセハツ工業株式会社 代表取締役 吉村健一
『フセハツ工業』の企業理念
弾む原理を進化させ、
小さくても大きな使命と責任感をもって
社会に貢献すべし
躍進(10)月瀬金属の設立
東京化学窯業を従業員ごと買収
『東京化学窯業』は電気蒸し器を製造していて、その蓋の取っ手のバネを当社が納めていた。
昭和39年8月、『東京化学窯業』の奈良県添上郡月ヶ瀬村にあった工場を作田社長が従業員15人ごと買収、資本金856万円で『月瀬金属株式会社』を設立した。
吉川晋吾が改造した機械15台を、大雨が降る夏の暑い日に運び込み、バネ製造会社としてスタートした。
『月瀬金属』は敷地面積6,600㎡もあり、本社工場の三倍の面積を有していた。
主にクラッチのリターンスプリングとスポーツ用品のエキスパンダーを製造し、手加工や組み立てなどでかさの張る商品でも十分対応できた。
山本晶(現工場長)が『月瀬金属』の技術指導に当たっていた。
当時は西名阪自動車道は開通しておらず、木津、笠置、太田原を通り片道二時間もかけて、材料と製品の運搬に明け暮れていた。
電話連絡をしようと思えば、交換台に申し込んでから1時間後にやっと本社につながるような田舎であった。
月ヶ瀬は流れのはやい渓流にそって広大な梅林が続き、景観のすばらしいところである。
都会の騒がしさからは遠く離れ、新緑が萌える木々の間を鳥がさえずる山間の村である。
『月瀬金属』には宿泊設備はなかったので、泊りの出張の場合は近くの民宿を利用した。
鯉料理と鶏料理に舌鼓をうちながら、鮒釣りを楽しめる別天地でもあった。
作田社長は生まれの奄美大島の郷愁だろうか、田舎の素朴な土地柄を好み、社員たちを連れて川原で焼肉パーティーを開いて楽しんだ。
作田社長は、春の桜の季節には花見、秋には松茸狩りと社員を連れて行ったりする、気配りの細かい人だった。
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監修者

フセハツ工業株式会社
代表取締役社長 吉村篤
2000年、ばねの総合メーカー「フセハツ工業株式会社」に入社。2013年、四代目代表取締役社長に就任。
- 一般社団法人 日本ばね工業会 会員
- 日本ばね学会 会員
- 公益社団法人 大阪府工業協会 評議員
- 東大阪市工業協会 理事
- 東大阪商工会議所 議員
- 特定非営利法人 新共創産業技術支援機構(ITAC)理事
- 一般社団法人 大阪溶接協会 会員
- 一般社団法人 布施交通安全自動車協会 理事