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社史「ばね物語」
2026/07/01

社史『ばね物語』24 飛翔(6)フセハツ商事設立

吉村 篤
ばねとくらす


ばね物語 フセハツ工業50年の歩み

フセハツ工業の社史『ばね物語』は、三代目社長吉村健一が社業50周年を記念して発刊しました。


社史『ばね物語』発刊にあたり、協賛いただいたフセハツ工業OB会の方々。

株式会社東洋発条製作所     代表取締役 浦野春夫
コシオカ産業株式会社      代表取締役 越岡元弘
コシオカ産業株式会社        取締役 越岡伸子
株式会社隆光スプリング製作所  代表取締役 永田隆光
株式会社永田発条        代表取締役 永田昭夫
永田スプリング製作所         社長 永田一義
株式会社タイガーバネ製作所   代表取締役 竹山保
タツマ工業株式会社       代表取締役 吉川晋吾
協和バネ製作所            社長 中田鉄弘
フセハツ工業株式会社      代表取締役 吉村健一


『フセハツ工業』の企業理念
 弾む原理を進化させ、
 小さくても大きな使命と責任感をもって
 社会に貢献すべし


飛翔(6)その1 フセハツ商事設立

任せようとしていた吉村の退職

昭和52年(1977)、構造改善をするために本社と大阪・堺の両営業所を切り離して、営業・販売部門を別会社に独立させたいという話が作田社長から吉村にあった。

すでに10年間、独立採算の形態で営業しており、財務内容も抜群で無借金経営を続けており、別会社にして吉村にその会社を任せようとしていた。

『フセハツ工業』は息子の為宣に、『フセハツ商事』は娘婿の吉村に任せようとの思惑である。

しかし、吉村はこの時点ですでに独立する心積もりだったし、以前から独立したいと作田社長に直訴していたが、なかなか許してもらえなかった背景をもっていた。


吉村が退職してから大阪営業所の経営形態も様変わりしていった。

社長は当初の方針通り『フセハツ商事(株)』として独立させた。

社長が健在な時期までは順調な業績だったが、二代目社長の為宣が病気がちで目が行き届かなくなってからは、社員の造反、退職が続き内部から崩壊し始め、業績は落ち堺営業所も撤退した。

その後『フセハツ商事』は平成9年(1997)9月、三代目社長吉村のとき、『フセハツ工業』に吸収合併されている。




ばね物語24-1


飛翔(6)その2 吉村が独立、『ヤマト発条』を設立

膨大な不渡り手形をもらうはめに

昭和53年(1978)3月、吉村は29歳で独立して東大阪市御厨に『ヤマト発条製作所』を設立した。

設立にあたって母親のヨシ子が労働金庫から退職金を前借りして100万円を工面してくれた。

その資金で貸工場を借りて父親の藤市朗に手伝ってもらいながらのスタートであった。


ヤマト発条、最初の注文は『フセハツ工業』の堺営業所から受けたものだった。

納めた商品にクレームがついて『フセハツ工業』に迷惑をかけてしまった。

長年勤めた会社に迷惑をかけ後輩にも申し訳なく思い、その後の注文は遠慮した。


資金はなく、受注の見込みはなく、頼れるものはいままで吉村が蓄積した経験と人望だけだった。

独立して間もなく『奥田プラスチック』からの大量の受注があり、商売は軌道に乗るかと思われた。

『奥田プラスチック』は昼夜24時間操業で非常に忙しい会社だったが、薄利多売の商品を生産していたため、忙しくても利益が上がらず経費倒れの状態で、なんとか利益を上げようと設備投資もしたが、逆に金利負担の増加と仕入れ業者とのトラブルで倒産に至った。

吉村は膨大な不渡り手形をもらうはめになった。


取引額の大きな得意先がなくなり、『ヤマト発条製作所』の売上は減少し続けた。

工場の留守は父親にまかせて吉村は走り回った。

1日に名刺2ケース使う日もあって、印刷屋さんから「お宅は何屋さん」と言われて返答に困った思いがあるという。

ダイレクトメールの印刷を頼んで、初めて「バネ屋」と分かり、印刷屋さんは「鉄関係でこんなにたくさん名刺を刷ったのは初めてや」と驚いていた。

飛び込み営業とダイレクトメールの2本立ての活動が続いた。

毎日が苦境の連続であった。


数ヵ月が過ぎたある日、疲れて帰ってきたら、『宮本商事(株)』という会社から電話があり、一度来てほしいと言っているとのこと、メーカーではないので、たいしたことではないと思いながら行ってみると予想とは違い、『宮本商事』の社長は毎月10万個セット購入する予定だから、すぐにでも見積もってくれと命令口調で話された。

初対面なのに、何となく親しみがわく社長であった。

数日後に「ばね関係は全てお前のところから買う」といわれた。

取引条件も現金決済の好条件にめぐまれ、『ヤマト発条製作所』は宮本社長のお陰で軌道に乗ることができて感謝している。

その後、地道な営業努力で得意先も200社に増え、昭和62年(1987)12月8日に東大阪商工会議所から優良事業所の表彰を受ける栄誉に輝いた。


ばね物語24-2



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監修者

吉村篤写真.jpg

フセハツ工業株式会社

代表取締役社長 吉村篤

2000年、ばねの総合メーカー「フセハツ工業株式会社」に入社。2013年、四代目代表取締役社長に就任。

  • 一般社団法人 日本ばね工業会 会員
  • 日本ばね学会 会員
  • 公益社団法人 大阪府工業協会 評議員
  • 東大阪市工業協会 理事
  • 東大阪商工会議所 議員
  • 特定非営利法人 新共創産業技術支援機構(ITAC)理事
  • 一般社団法人 大阪溶接協会 会員
  • 一般社団法人 布施交通安全自動車協会 理事

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