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社史「ばね物語」
2026/06/09

社史『ばね物語』16 躍進(8)

吉村 篤
ばねとくらす


ばね物語 フセハツ工業50年の歩み

フセハツ工業の社史『ばね物語』は、三代目社長吉村健一が社業50周年を記念して発刊しました。


社史『ばね物語』発刊にあたり、協賛いただいたフセハツ工業OB会の方々。

株式会社東洋発条製作所     代表取締役 浦野春夫
コシオカ産業株式会社      代表取締役 越岡元弘
コシオカ産業株式会社        取締役 越岡伸子
株式会社隆光スプリング製作所  代表取締役 永田隆光
株式会社永田発条        代表取締役 永田昭夫
永田スプリング製作所         社長 永田一義
株式会社タイガーバネ製作所   代表取締役 竹山保
タツマ工業株式会社       代表取締役 吉川晋吾
協和バネ製作所            社長 中田鉄弘
フセハツ工業株式会社      代表取締役 吉村健一


『フセハツ工業』の企業理念
 弾む原理を進化させ、
 小さくても大きな使命と責任感をもって
 社会に貢献すべし


躍進(8)アイデア商品

創業者開発を楽しむ

作田社長は新商品を考案するのが好きであった。

デパートに行き、売り場の隅々まで回って、売れている商品をチェックし、またその商品にどう手を加え、どんな商品に応用できるかを考えた。

月額20~30万円の予算枠をとってあったので、考案、工夫、実験を楽しみながら繰り返した。

特許一覧表を閲覧して、考案した商品がパテントをとる価値があるかないか調べたりもした。

そのようにして作田社長がアイデアを生かした開発した商品に、ゴルフボールを置くティーをスプリングで使ったものもあった。米軍の手榴弾からヒントを得てハンドグリップを考案した。

ハンドグリップはブームを引き起こすほどインパクトをもつ商品ではなかったが、コンスタントに売れ続け、現在なお当社のメーン商品として販売されている。

これらのアイデア商品は長く谷町営業所に陳列していた。




ばね物語16



また、昭和39年(1964)の東京オリンピック開催に合わせ、ゴム製の五色のエキスパンダーを共和ゴムと共同で開発した。

ゴムを1メートルずつ切り、切った両端をリングで止めて抜けないようにして、取っ手にくっつけて五色エキスパンダーを作った。

また、異形線を応用して階段からひとりでに降りてくるスプリングも作ったし、自転車の荷台に荷物を固定する三角形に結んだゴム紐を考案した。

作田社長は枕元に絶えず筆記用具を置いておき、よいアイデアが浮かぶとメモしておき翌朝すぐに実行に移した。

それほど新商品の開発を楽しんだ人である。



ばね物語16




このころの作田社長は、町工場から事業へ脱皮する節目に当たるときで、実業家として自覚されたのだろう。

経営も創業時の苦しさを通り越して安定の兆しをみせはじめ、最も充実した日々を送っていた。

長男の為宣が高校に通っていて、将来は会社を継いでくれることが、なによりも忠雄にとって安心できることだった。

忠雄は毎朝、ラジオ体操や剣道の素振りをすることが健康法だった。

工場の片隅で為宣と剣道に興じている風景も時々見かけられた。

作田社長は自動車の運転免許を持っていないこともあって、よく歩いた。

本社から谷町の営業所に来るとき、電車にもバスにも自転車にも乗らずに歩くのである。

町中をながめながら歩き、ここにはこいいう専門店がある、ここの工場では何を作っていて、バネを使ってくれそうだ、などと記憶しておいて次の営業活動に活用するのである。



ばね物語16





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監修者


フセハツ工業株式会社
代表取締役社長
吉村篤

2000年、ばねの総合メーカー「フセハツ工業株式会社」に入社。2013年、四代目代表取締役社長に就任。

  • 一般社団法人 日本ばね工業会 会員
  • 日本ばね学会 会員
  • 公益社団法人 大阪府工業協会 評議員
  • 東大阪市工業協会 理事
  • 東大阪商工会議所 議員
  • 特定非営利法人 新共創産業技術支援機構(ITAC)理事
  • 一般社団法人 大阪溶接協会 会員
  • 一般社団法人 布施交通安全自動車協会 理事

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